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TOHKI ENGLISH LANGUAGE SCHOOL


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東輝英語塾








高校英語の現状


1 英語は言語である


 「英語」は長期的な見通しを立てて、じっくり取り組まなければならない。「もともと文法は得意だから、英語に時間を割かなくても大丈夫!」という生徒もいるが、大きな勘違いである。文法が得意だからなんなのか?文法を極めてどうするのか?言語における技能とは、Reading, Writing, Listening, Speakingの4つを指し、「文法」という技能は存在しない。文法とは、その4つの技能を身につけていく過程で使用する歯車の一つに過ぎない。しつこいが、Reading, Writing, Listening, Speakingの為の文法はあっても、「文法」の為の文法はないのである。また、「語彙を増やせばなんとかなる」という生徒がいる。まさにその通りであるが、実際に正しく語彙を増やせている生徒は少ない。単語帳に載っている日本語訳を暗記することを、「語彙を増やす」とは言わない。「語彙を増やす」とは、そんなたやすい作業ではなく、意味、訳例、アクセント、発音、使用法、コロケーション、(使用頻度の高い)イディオム、(ある程度の)語感、を身につけて始めて一つの語彙を習得したことになる。英語という教科とは本来「言語の習得」という前提に立てば、「文法の為の文法」というような勘違いは起きないはずだし、身につけた語彙を実際に使用することを意識していれば、発音やアクセントをおろそかにしないはずである。とにもかくにも、「英語は言語である」という意識を常に強く持たねばならない。そして、それが分かれば、半年や一年でどうこうできるレベルではなく、長期的な見通しで辛抱強く取り組まなければならないのは当然のことだと気づくはずである。

2 自分の力を過信してはいけない

 「センター試験くらいなら、まだなんとかなるだろう」という根拠のない自信は捨てなければならない。「重要なのは二次試験だから」と悠長に構えていると、足許をすくわれる。私に言わせれば、「センター試験」ほど良質な問題を出す試験は他にはないし、過去のセンター試験の中には難度の高い問題も結構ある。また、問題量が多いので(個人的には多すぎるとさえ思う)、急いで解かないと間に合わなくなってしまう。「学校の授業についていけば、センター試験は大丈夫!」と言う教師も中にはいるが、私の考えはまったくの逆である。問題によっては「東京大学」の入試レベルに匹敵すると思っている。センター試験は、センター作成部会が練りに練った問題を、30人以上のネイティブスピーカーによってチェックされてできあがる。選択肢に見られる絶妙でいやらしい罠や、正答に見られる巧みな言い換えには舌を巻くものがある。しょせん前座でしかないと思っていた「センター試験」でこけてしまい、二次試験を受けるまでもなく不合格を突きつけられることも多い。実際に「センター試験でこけた」という声はよく聞いても、「センターでうまくいったのに、二次でこけた」という声はあまり聞かない。1、2年生の諸君は、センター試験の過去問を手にとって、時間を計って解いてみたことがあるだろうか?なければ、早々に解いてみて、いかにできないかを自覚する必要がある。

3 「朝から晩まで勉強した」という満足感は幻である

 3年生になると、学校でも課外授業(夏期講習・補習など)がおこなわれる。家に帰っても休む暇もなく、明日の課題をこなさなければならない。もちろん、塾・予備校に通えば、さらに多忙になり、プライベートな時間はなくなる。半強制的に講習に参加するよう促す学校もあり、ひどい場合は朝から晩まで学校に「束縛」されるケースもある。束縛する価値のある授業ならまだ良いが、最悪の場合、平常の授業と同じ教師が講習も担当し、平常授業の延長のような刺激のない授業がだらだら行われかねない。「先生を替えてください」などと言えるわけもなく、「運が悪かった」とあきらめて泣き寝入りすることになる。教える内容にも無駄が多い。季節講習が行われるたびに「関係代名詞」を基礎から教える教師がいる。そんな基礎を何回やっても入試にはでない。また、学校で教えている文法事項の半分は、どうでもよい古びた文法や「関係詞」や「現在完了」などにみられるうさん臭い説明である。このように朝から夕方まで学校に束縛され、夜には塾・予備校に束縛され、生徒は心身ともに極度に疲労する。そして、その疲労感は「今日はよく勉強したなー」という偽りの満足感を生む。確かに時間的、量的にはやったかもしれないが、果たして実際にきちんと身についているかどうかは疑問である。私の経験から言うと、そのよう学習スタイルで身につけたものは、「3日前の夕食」を思い出せないのと同様に、数日とたたずに記憶から消えている。つまり、本人の「意志」の伴わない学習はいくらやってもムダであり、幻でしかない。

4 「その場しのぎ」は、時間のムダ

 学校の単語試験でよくある風景として、試験直前の休み時間に、生徒たちが慌てて単語を詰め込む様子が浮かぶ。何もしないよりはましだが、いずれ何もしないのと等しくなる。つまり「その場しのぎ」でしかない。受験までどころか、翌日にはほとんど忘れているだろう。そういう「その場しのぎ」をやめ、記憶に定着させることを意識した「反復・復習」を心がけなければならない。一般的に「単語集」は学校で買わされるが、渡された後はテスト範囲を告げられるだけである。信じがたいが、それぞれの単語について何の解説もなく、ただ試験日までに「訳を覚えて来い」というのである。せめて、単語の発音・アクセントの確認くらいしてはどうかと思うのは変だろうか?学校の単語試験の過ちのもう一つは、だらだら半年や一年かけてようやく一冊をテストすることにある。そのペースでは、単語集を1周か2周しかできないので、どんな真面目な生徒であっても、「記憶に定着させる」ことなどできるわけがない。英語教師はそこまで無知なのだろうか、あるいは無意味だと知りながらもやらざるをえないのだろうか。テストの点数が低くても、分からなかった単語はほったらかしのまま、また次の範囲の単語試験をおこなう。だらだら長期的にやるので、過去にやったものはもちろん次から次へと忘れていく。学校のやり方は、「反復・復習」することで「記憶に定着する」という事実を無視している。教師も、とりあえず試験をやって「一応やった」と満足しているにすぎない。当塾では、独自の単語プリントを渡し毎回のように試験する。プリントはNo.26 まであるが、受験までには、短いスパンで反復して最低30回以上くり返す。

5 学校や塾・予備校の「足かせ」をはずし、自ら走りだすこと

 これまで述べてきたことは、まるで「学校に行く意味なし!」と言っているいるように聞こえるかもしれないがそうではない(本当です)。学校にはもちろん行くべきだし、学校にもすばらしい指導をする教師はいる。また、学校というコミュニティで人間関係や社会の規範など、勉強以外にも学ぶことは多い。しかし、学校の雰囲気に流されたり、学校の学習進度に合わせるあまり、自分のペースを確立できず手遅れになってしまう弊害もある。学校だけではない。予備校・塾にべったり依存するのも避けるべきだ。これまでの私の経験上、第一志望に現役で合格する生徒は共通して、学校・塾・予備校とは別に、自分で勉強する時間をきちんと確保していた。「自分で走り出すこと」ができているわけである。「苦手がな教科・単元」を克服する時間、これまでに習ったことを「反復・復習」する時間というような「生徒が自主的に勉強する時間」が絶対に必要なのである。よって、夏期講習などの季節講習や、放課後の課外授業などを「半強制的」におこなう学校・塾・予備校は最低で、参加の有無は生徒の自由意志に任せるべきである。

6 「英語教育」と「英語教師」の実情

 学校や予備校、もっと言えば大学受験問題にも、許されざる大きな問題がある。以前、食肉などの「食の偽装」問題が世間を騒がせた時期があったが、現在、あちこちで「英語の偽装」が行われている。今、この時にも、どこかの教室で誤った英語が指導されていることだろう。大学入試でも、「数学」や「地理」などは、問題ミスがあるとすぐに発覚し、マスコミに叩かれ猛省を促される。しかし、不思議と「英語」にも問題ミスがたくさんあるのに叩かれない。ここまで英語が叩かれないのは、入試問題の英語を正しく評価できる人間が極めて少ないからだと思う。一方で、「センター試験」や「英検」は試験の良質化、つまり「ネイティブ化」をどんどん進めている。これは「活きた英語を学ぶ」ことを意図しているというより、いつまでたっても英語が話せないという「英語コンプレックス」からの解放と、その原因である「英会話と受験英語の分離」という長きに渡る悪習の払拭を目指すものである。しかし、学校教育は相変わらず旧態依然とした態度をとり、戦前の英語(文法・構文・イディオム・例文・読解問題)をいまだに引きずっている。教養のあるネイティブの知らない化石と化した構文を重要構文と偽って教えていたりするのである。学校の教科書や市販の参考書にはネイティブチェックが入り、良質なものが世の中に出てきてはいる。しかし、「英語教師の授業、指導法」にはネイティブチェックは入らない。教室という密室の中、チェックされることもなく、たんたんと授業が行われている。いい加減、ネイティブチェックを入れて、英語をまともに話せない教師は現場から外すべきだと思う。話せない教師に習って、どうして生徒が話せるようになるのだろうか。

7 興味あることに努力や忍耐が加わると「自信」が生まれる

 私は幸運にも、10数年前、(ドラゴンイングリッシュでおなじみの)竹岡広信氏に出会い、英語の奥深さを知り、同時に現状の英語教育の危うさに気づかされた。「英語の話せない教師にはなるなよ!」「正しい発音のできない教師があまりにも多すぎる!」と憤っておられたのを今でも覚えている。大学卒業後、5年間カナダに留学し、日本語指導、翻訳、通訳などの仕事をこなしながら、同時にいろんな角度で英語を研究してきた。過去数十年の「Question Box」や、英語学の最先端をいくロンドン大学の論文を読みあさった。私は普段自信過剰な人間ではないが、少なくとも、他の教師の経験していないことをカナダで経験し、現在流行のスラングから、場面に応じた適切な表現法を吸収しては研究してきた。それは並大抵の努力や苦労ではない。1つの疑問を調べていく過程で、新たに20の疑問に直面することもあった。それは、苦しい日々ではあったが、英語を愛するものとして「至福の時」でもあった。その私の蓄えてきたものを、次の世代に少しでも還元できればという思いで、この「東輝英語塾」を開校したしだいである。


                                                         東輝英語塾代表  園山泰堂